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死刑
仏陀

最近、宗教本が流行っているので、はやりに弱い僕は仏陀の本を読んでいました。

まぁ、釈迦の生涯や教えなどが書いてあったのですが、どの宗教も死への備えや良い生き方を説いています。

他の宗教には、利己的な教義も見え隠れするのですが仏教にはあまりそういったものは見えません。

紀元前のそれほど裕福でない時代に、良い生き方をを説いてまわったのは凄いことなのですが、多くの宗教は結局は良い生き方をすると死後幸せになれると言っているわけです。

つまり、死の恐怖を和らげるための手段として宗教が誕生してきたわけです。

昔、死刑囚に死を受け入れさせるために宗教家の方が面談する時間があると聞いたことがあります。

その時は、死刑囚に死を受け入れさせて安らかな死を迎えさせるなんてできるわけないと思っていました。

ただ、仏陀の本を読んでいるときにふと思ったのです。

僕自身もいつ死ぬかわからない。

死刑囚は日々執行の日がいつ来るか怯えているかも知れないけれど、僕にもいつか死を受ける日が来るのであれば死刑を待つ死刑囚と変わらないのではないだろうか?

僕も死刑囚もいつ死が訪れるかわからない点では同じわけです。
そして、必ず死が訪れるということも。

違うのは僕には自由があり、死を切迫して感じていないということです。
感じていないだけで、切迫しているかも知れません。

そして、こう考えました。

もしかして、本当に神というものが存在しているとすれば、人類全員に死刑を宣告しているのではないか?
そうであれば、神は救い主などではなく、死刑を宣告した検察官になるわけです。

まぁ神が救い主であろうが死刑を宣告しようがどちらでもいいのですが大切な事が一つ。

僕は死刑なのです…


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[2011/07/04 21:07] | コラム「世界中の悩み」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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